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喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

会社はブルーベース?

パーソナルデザインにロマンスが入っているのではなかろうか?というロマンス美人な人が職場にいます。仮にこの方をAさんとします。Aさんは見た感じはおっとりとした美人さんです。そんなAさん、最近になって急にブルーベースの物を着ていることが多くなりました。そこで気付いたことがあります。「もしかしてAさんはイエローベースの人かもしれないぞ」と。

部署の雰囲気

私の職場の女性陣はブルーベースの服を着ている人が多いです。オフィスカジュアルはブルーベースの物が多いのでしょうか?それとも日本のアパレル自体がブルーベースが多いのか?ふと見ると部署にいる人、全員がグレーのニットでもろ被りだったこともあるくらい。それくらい弊社の女性陣に浸透しているブルーベース。そんな影響もあってか、Aさんもここ最近ブルーベースの服を多く着るようになりました。ただAさんは入社当時、トマトレッドやサーモンピンクなど、イエローベースの中でも彩度の高い春の服を素敵に着こなしていることが多かったのですよ。なのに、ここにきて急にブルーベースです。うーん、Aさんに何が?単純に季節柄だけでもないような?

上司が着ている色はうつる

実は同じ部署の責任者がいつもブルーベースで全身をコーディネートされている人なんですよ。彩度が高い冬の服、化粧でバシッと決めてらっしゃることが多い。私は密かに、この上司のコーデがAさんに影響をもたらしているのでは?と考えています。というのもAさんは以前ガーリッシュな服装をして、心無い人から「派手すぎる」と言われていたことがあったのです。確かにAさんはガーリッシュな服よりは、もう少し大人っぽくて上品な服のほうが似合う雰囲気があります。が、別にガーリッシュの服がそこまで浮いていたわけではないのです。もっと言うとAさんのしていた服装なら、他の人もよく似た物を着ていました。しかし指摘されたことから、Aさんは服装に気を使うようになってしまったようです。そして気を使うあまり、せっかく似合う色を自分で選んでいたのに、似合う色よりも「浮かない色」を選ぶようになってしまったのではないか?と邪推しております。Aさんだけでなく私も含め、部署の女性陣は夏の色、もしくは黒を着ていることが多いです。もしかしたら皆「浮かない色」を知らず知らずのうちにチョイスしているのではないか?

上司は冬なのに部下は夏?

冬の色でコーディネイトしている責任者(女性・40代)に対して、何故か同じブルーベースでありながら彩度が低い夏の色ばかり被ってしまう部下達。よく夏の色は日本人に好まれやすいと聞きますが、それってつまり社会生活で浮かない色なんですよね。グレーやネイビーなど無難な色が多い。上司のようなハッキリとした彩度の高い色には手が出しにくいが、彩度が低い夏の色なら取り入れやすい(気がする)。春を着るよりも分かりやすく上司と仲間っぽい。冬と春なら同じ高彩度が似合うグループですが、それよりも色相が同じグループの夏の方が分かりやすく仲間!な雰囲気があります。そして上司よりも目立たない(あくまで気がする)。

イエローベース(推定)の人が着る夏

色白信仰を持っていた私でも、Aさんが夏色を着ると血色がなくなり似合っているとは言い難いように思えます。病的というか、元気がないように見える。Aさんは美人さんなので、もっと堂々と似合うもの着ていれば良いのに!と、ついついブスで愚鈍な私は思ってしまうのですが、もしかしたらAさんは美人な故に、女性が多い職場で気を使っているのかもしれない、とも思ってしまうのです。特にロマンスの人は昔から女性性を隠す人が多いと聞いたこともありますし。

邪推だyo!

そうはいっても邪推ですけどね。もしかしたら私の目が腐っていて、Aさんはロマンスでもなくイエローベースでもないのかもしれません。もっと言うと職場の女性陣も夏の色でなく、ありとあらゆる色の服を自由に着ているのかもしれません。うん、結局は分からんです。まぁ、私は夏の色の服を着て行きますけどね。

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個性的になりたい美人、無個性になりたい不美人

時には昔の話をしようか

私には従姉がおります。彼女は昔から美人だと言われていて、地元のミスコンで優勝する美貌の持ち主でございました。私はそんな従姉のお下がりをもらって着ては素材の違いを思い知らされ、情けなさ、悔しさ、妬み、嫉み……ありとあらゆる陰鬱な感情を学習したのです。

従姉の性格

そんな自慢の従姉なのですが、昔からやたらと私を「大人しいお嬢ちゃん」扱いすることがありました。「〇〇ちゃんはおしとやか!」と言いふらしたり、彼女も私もやっているお嬢さんっぽい趣味を、さも私だけやっているかのように周囲に吹聴したり、そして続くのは「〇〇ちゃんに比べて、私は~~だから」です。別にあからさまな自分下げというわけでなく、単純に「私ったら変わり者なの」ってな具合。「黙っていればいいのにって良く言われるんです」は従姉の口癖でした。

美人ゆえに?

昔から事あるごとに「美人」と言われ続けると、それはそれで美人コンプレックスになるのかもしれない、と従姉を見ていると思います。従姉はビジュアル系バンドなど、少し変わったものが好きでしたし、クールな顔立ちの美人にも関わらずヒラヒラ・モコモコの可愛らしいものを好んで着ていました。今になって考えると、従姉が変わったものの話をしたり、やたらと可愛らしい装いをしたがるのは「私は美人だけが取り柄じゃない」「私は見上げられるだけの存在じゃない」と暗に示したかったのではないかと思うのです。一人称も自分の名前でしたしね。

カブレていたのは従姉だけじゃない

従姉がビジュアル系にハマっていたとき、私も少しだけ変わってるといわれる歌手が好きでした。そうはいっても当時そう思っていただけで、今思えば十分メジャーな人です。要するに言いたいのは、私にも従姉と同様に「変わっている」と思われたい衝動があったということ。そして従姉と違うのは、大人になるに連れてその衝動に変化があったことです。変わっていると思われたい反面、洒落にならない本気の変わり者扱いはされたくない。黙っていても顔に違和感があるのだから、至って常識的な人間だと思われた方が得に決まっている、と考えるようになりました。大人になると「私の顔面で変な個性をアピールするのは諸刃の剣だ」と悟るのです。

久しぶりに会う従姉

久しぶりに従姉に会うと、親戚中の前で「〇〇ちゃんは素朴でいいよね」「おしとやかだよね」と言われます。親戚は揃って苦笑いです。何せ美人がブスを微妙に褒める、摩訶不思議な自体に直面するのですから。私は何度も従姉にやめてくれと訴えましたし、親にも「従姉のあれはどうにかならないものか」と言いました。しかし従姉には悪気はないし、親にも「お前が神経質なのだ」と逆に責められて終わりました。従姉のやり方は昔から変わりませんし、それを咎める人も誰もいません。

人と違うを求める美人、人と同じを求めるブス

私はブスなので「とにかく人並みの外見になるように」を目標にしてきました。ただとかく中身に限って言えば、人と違うと思われたいという感情がないわけではありません。あえて周りと違ったものが好きと言ったときに「変わっている」と言われるのは、やはり選民思想が満たされ気持ち良いものです。ですが大人になるにつれ、それではダメだとブスなりに理解するのです。ただ従姉の考えは私と少し違う。人を勝手に「普通」という枠にいれ論じ、「それに比べて私は~~」と続けることでより自分が変わり者にみられると思っている。中々に面倒くさい、歪んだ手法だと思います。周りの人の困った顔を見れば、私が「普通より下」であることが分かりますよ。そしてその度に私は自分のふがいなさを思い知らされ、「普通に見られたい」を募らせるのです。逆に従姉は「変わっていると見られたい」を募らせるのでしょう。

個性的に見られたい欲求

美人な従姉とはもう何年も会っていません。大人になり、私は無個性なブスとなったわけですが、何年も従姉や従姉のような種類の美人に会わないと、自分の中にも「個性的に見られたい欲求」があることに気付きます。いや、もしかしたら従姉が美人とか関係なく、血縁の特徴だったのかもしれません。何ともやっかいですね。ただ私はブスなので、その欲求を爆発させ、人を巻き込むようなことはしないでいたいと思います。

 

私の脚があともう少し長かったら…私の目が、鼻が、口が

最近は試着をしたらスマホで写真を撮るようにしています。試着室に入る寸前くらいで、お店の人に「客観的に見たいので写真撮ってもよろしいでしょうか?」と聞くと大体承諾してくれます。そのまま「それじゃあ遠慮なく」と言って試着室に入って行き、試着室で写真を撮っています。お店の中で人の目があるところで写真撮るのは気恥ずかしいので、ついこのような手段に出ているのです。実は過去に試着室を出てからお店の鏡前で写真の許可を聞いたところ、店員さんが気を遣って「私、撮りますよ」と言ってくれたことがありました。阿呆な私は何も考えず「じゃあ、お願いしま~す」などと頼んでしまったのですが、その店員さんはかなり頑張ってくれる方で、それこそ地面に這い蹲る勢いで下から撮ってくれたことがあったのですよ。おそらく少しでもスタイルが良く見えるように工夫してくださっていたのだと思います。その工夫はありがたいのですが、こちらとしては「ぎゃー!そんなことしないでくれ!私のような愚民のためにすみません!本当すみません!」という心境になるので、それからは自分で撮るようにしています。長々と経緯を説明しました。

写真で分かるスタイルの悪さ

「自撮り」……今や世の中に溢れかえっているものですよね。インスタやブログなどで見る自撮りは、たとえ一般人であってもスタイルが良いことが多いので、私もついついあのノリで考えてしまったのです。が!甘かった。いやーとにかくスタイルが悪い。手足が短い。ちんちくりん。悲しくなります。自撮りって鏡との距離や高さが一定にしかできないので、粗が隠せないのですよね。改めて現実を思い知らされました。

脚が長かったらパーソナルデザインが変わったのだろうか?

私はキュートと言われましたが、もちろん童顔でも「可愛い」という印象の顔でもありません。そのせいか、このちんちくりん自撮り画像を見てふと思ったのが「私の脚があともう少しだけ長かったらパーソナルデザインが変わったのだろうか?」ということです。うーん、本音を言うと、私自身キュートがいまいち受け入れられないのです。「キュート」という名前に引っ張られすぎず、変化のあるデザインに焦点を当て、服を選び試着しても、あまり似合うとは思えませんでした。セカンドオピニオンで規則的なもの、上品なものを選んだほうが良いと言われたのもあります。自分で見る限りでは物によってマチマチ…としか思えないのです。結局はアナリストの感性が合うか合わないかの話なんでしょうね。無理にカテゴリするとどうしても歪がうまれますし。ファッションの似合う似合わないを理論的に説明するのは、恐らくプロでも中々出来ないのだろうと思います。結局は自分が何を選ぶかですよ。本当はいいとこ取りできるのが一番良いのでしょうが、アナリストによって正反対な部分もあったりするので難しいです。

セブンのスイーツ氷がうまい話

氷がおいしいです。氷は氷でもちゃんと商品として売っている氷ですよ。こちらです。

mery.jp

「ティラミス氷」が一部で話題になっていましたが、その後でている商品もおいしいです!このセブンのスイーツ氷のせいで、毎日のように氷を欲する体になってしまいました。などと考えていたら、ただの貧血でした。いや、でもやっぱりセブンのスイーツ氷はうまいです。うん、それだけ!

【パーソナルデザイン】参考にする芸能人

以前、密かに参考にしている芸能人で小林聡美を挙げていました。彼女のパーソナルデザインは何なのでしょうか?

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何となくナチュラルのイメージですが、ボーイッシュもありえそうです。うーん、難しい。

そもそも芸能人は参考にならない

パーソナルデザインを受けたときに参考にする芸能人を聞いたのですが、あまりにもかけ離れていて全く参考になりそうもありませんでした。芸能人って基本的に美人ですからね。パーソナルデザインが同じだと似ていると言われやすいと聞いたことがありますが、本当でしょうか?過去2回の診断から、自分のことをグレース崩れのキュートもどきだと思っているのですが、中々同じような芸能人を見つけるのが難しいです。そもそも過去に似ていると言われたことがある芸能人すらあまりいませんし、参考にならない気がします。やっぱりほら、外見レベルがね、違い過ぎて……。

お笑い芸人の服装はキャラ重視

最近は光浦靖子を参考にすることが多くなりました。といってもお笑い芸人はキャラ重視の服装が多いので、実際に光浦靖子が着ている服を真似ることはありません。柳原加奈子、渡辺直美、バービー、森三中近藤春菜……実際のパーソナルデザインは分かりませんが、テレビではキュートな装いが多いですよね。キャラ重視というか、親しみやすい服装ということでキュートなんでしょうね。今の芸能界では女性お笑い芸人はキュートが売れやすいのか。体型がぽっちゃり=キュートではないはずですが、揃いも揃ってキュートな服装しています。マスコット的な親しみやさのある女性お笑い芸人ですが、やはりファッションを参考にするには中々難しそうです。そこで実際の服装を参考にするのではなく、服を買うときは頭の中で「この服を光浦さんが着ていたらどうだろう?」と考えるようにしています。本当は光浦靖子だって私よりもよっぽど美人ですけどね。スタイルいいし。

最近の服装

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最近は画像のような、タイトスカートにシャツ、プレーンパンプスを基本に考えることが多くなりました。そこにアクセサリーや小物で変化をつける感じです。何となく量産型というか、没個性な感じです。でもこういう格好していると、軽んじられることが減りますね。グレースにいきすぎてもダメなので、どこかに「崩れた」「いびつな」要素をいれるようにはしています。とはいっても、まだまだお洒落とは言い難いのが辛いです。

 

参考)

みんなが憧れる!小林聡美の髪型とファッション! | LAUGHY [ラフィ]

No.213 小林聡美(女優)- VOICE - magabon interview -【magabon】

幅広い世代が支持!「かもめ食堂」でも人気の小林聡美さんの作品と魅力♪ | キナリノ

オンでもオフでも!白シャツで好印象・春コーデをつくろう♡ - Locari(ロカリ)

 

ブスの秘密

パーソナルカラー受けたとか言えねぇ

「『最近キレイになったね』と言われることが多くなって、つい最近も同僚から言われたので、こっそりパーソナルカラーのことを話したら、すごく興味持ってました!今度先生のことご紹介しますね!」

などという体験談を山ほど読んできました。パーソナルカラーとかパーソナルデザインとか、いわゆるイメージコンサルティングなるものを受けた人は、突然雰囲気が変わり、それを誰かに聞かれた場合、素直に話すものなのでしょうか。私は話さないだろうなと思います。

胡散臭さ

「パーソナル」に続く胡散臭さはどうしてもありますね。ある程度、理論的に成り立っているものだとは思うのですが、やっぱりどこか胡散臭い。実際アナリストによっては、自己啓発セミナーかと思うような文言を並べる人もいるようです。昔「ビューティーコロシアム」という、外見にコンプレックスを持つ人をキレイにするテレビ番組がやっていました。その番組ではキレイになる前に、和田アキ子さんやゲストの方から質問攻めにあい、最終的に「キレイになる覚悟はあるのか?」と脅しがあることが印象的でした。果たしてキレイになるには、そこまでの覚悟が必要なのでしょうか。まぁ、番組の演出なので仕方ないってのもあるのでしょう。エンターテインメントってやつです。ただ番組に顔出ししてきて、普段からキラキラとスポットライトを浴びている人達に質問攻めにされ、「貴方は自分に甘い!」などと説教を喰らい、そして泣きながら「キレイになりたいです」と、アフターフォローがどれだけなされるか分からない整形手術を受けてでもキレイになりたい覚悟といったら、相当だと思うのです。キレイになるには性格も良く、清く正しく美しく生きていなければならないのでしょうか。イメージコンサルティングにはそれに似たものを感じることがあります。「覚悟がない人は来ないでください」てな感じです。そしてそのスパルタさを逆手にとって、「客に十分な提示をしない」が許されているところがあるのではないかと思ってしまいます。

客に考えさせる手法

十分な情報を与えず客に考えさせる手法。これはどうなのか。客がちゃんと自分で理解できるように導くのが必要!と建前上は言います。が、中には分析が十分に追いつかず、「さも自分は分かってるけど、あえて客に考えさせている」といったテイをとる人もいますよね。残念ですが。本当はカラーもデザインも、曖昧にしか分析できていない場合もあるのに。パーソナルカラーの誤診報告は後を絶ちませんし、デザインに関しては買い物同行で実際に着て見せなければ分からなかったという報告はたくさんあります。一度の買い物同行で分かればまだいい方です。何より他でそれらの誤診があったと嬉々として話すアナリストさんが一番謎です。「他で誤診を受けた方がウチに来るんですよ」は聞き飽きました。同じ業界の誰かがいい加減なことをしているのに、何故嬉しそうなのでしょうか。

いいよ、何でも言ってくれよ

こちらとしては診断結果を受け止める所存で望んでいるのです。アナリストの提示する化粧品を端から端までそろえる気でいるのです。買い物同行をしてもらう気でいるのです。なのに何故そんな情報しか出せないのでしょうか。誤診された人が来たとか、自分がどれだけすごいとか、そんなことばかり話して肝心の結果がグタグタ。この気合はどこにぶつければ良いのやら。

キレイになる覚悟

私にはどうやら覚悟が足りなかったようです。残念です。一回目の診断を受けて、誰からも「キレイになった?」などとは言われませんでした。ただ二回目を受けて、やっと今日それっぽいことを言われたので、その記念に書きました。もちろんパーソナルカラーとスタイルの診断を受けたことは言っていません。卑屈。