喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

喪女こそ自虐をやめてみようの話 その1

いきなりですが【「取るに足らない奴」認定されて軽んじられる喪女】という2chのスレッドをご存知でしょうか?

以下スレッドから一部引用。

取るに足らない人間だと認識されて、軽んじられている喪女さんはいませんか? 

わざとらしく無視されたり、嫌がらせを受けるといった所謂「イジメ」ではなく、「この人と仲良くしても意味ない」「この人によくしてもメリットない」というような打算的な態度のもと、意見を軽視されたり、存在をないがしろにされたりするという意味です。

私は、まさに上記に当てはまる今年で31になる喪女です。

人からよく見下されます。軽んじられます。バカにされます。

 学生のときも社会に出てからも、それは変わらず、一体どうしたら人からこんな扱いをされずに済むのだろうかと考え続けていました。

このブログはそんな愚かな考えや行動を載せることで、自省や改善に繋げられればいいなと思っています。

あと自分の考えをアウトプットするのが苦手なので、その訓練になればとも考えました。

自虐について

人から見下される要素のひとつに、必要以上の自虐はないでしょうか?自虐した瞬間に、相手が心の中だけで見下していたのを「こいつは態度にだしてOK」と自制を解除してしまうきっかけになるような気がするんです。サービスだと思って自虐していませんか?私はしてました。昨今は空前の自虐ブームです。メディアに露出している人々がやってる自虐はクオリティーが高いですから、全然嫌な感じしません。それこそ相手への「サービス」として成立していて、ついつい「自虐した方が良いのでは?」と捉えがちなんですよね。しかし一般人、しかも三十路のメガネブス喪女の自虐が「サービス」として成り立ちますか?せいぜい相手が心の中でぼんやり思っていたことを、わざわざ自分で言語化して教えて、困らせるくらいじゃないですか?相手によっては、せっかく機能停止していた見下しモードをONにさせるスイッチになりかねない。「面倒くさい人」「かまってちゃん」「『そんなことないよ』待ち」……散々語られてきた内容ですね。それなのに自虐をやめられんのは何故か。わざわざブログで「喪女三十路小太りメガネブス」だという情報を記載し、自虐するのは何故か。

 

てか何で自虐やめられないの?

1.我が強い

我が強いです。「確かに私は喪女で三十路小太りブスメガネですが、きちんと自分を客観視する能力がある人間なのですよ?」をアピールしたいのです。あと「面白い人」「個性的な人」とも思われたい。ある意味「私が!私が!」状態なのです。misono状態です。

 2.似た悩みを持つ仲間が増える

自虐することで同じような仲間が増えるんですよね。「自虐=その人の欠点、コンプレックス」なので、やっぱり腹を見せられた気がして異常に共感してしまうこともある。純粋に共感し笑いになっているうちは良いのです。でも人間集えば、その中で階級が生まれませんか?ただの傷舐め共依存になりませんか?どちらがより良い自虐ネタを持っているかのボクシングになりませんか?

 3.なんか余裕っぽくみえる

「あえて自虐できる大人の余裕」という考えに陥りがちです。しかしこれは見た目も性格もある程度「ちゃんとしている人」がやるから謙虚や余裕という評価に繋がるわけで、自虐どおりの残念見た目の人がやると大抵反応に困る。真面目ちゃんが意を決して下ネタをぶっこんだような、何ともいえない雰囲気になったことありませんかね?

4.防御策として

1とかぶるんですが、「私これだけ自分のこと客観視して、もうこの点に関しては把握済みだからいちいち指摘しないでね」「これだけ言うんだから私に対しての評価のハードルは常に下げておいてね」という防御策にしているんです。相手に悪口言われても「は?そんなの知ってるし!」という手ですね。

なんだその理由、自虐やめよう

改めて理由を書き出すと、何とも情けない話です。つまり私は「1.自分を知ってほしい」「2.自虐きっかけでも人と繋がっていたい」「3、4.格好つけたい」という子供っぽい理由で自虐してたんです。ほじくり出せばもっとありそうな気もしますが、とりあえず自虐やっていても得がないのは確かです。もうここらで思うのです。喪女だからこそ自虐やめないか、と。自虐ネタで笑いを取り、なおかつ見下されずに、むしろセンスあると一目置かれるような一般喪女は、リアルでいるのでしょうか?もしかしたらいるのかもしれませんが、私がその境地に行くことは不可能です。それならスパッとやめることが必要なのではないかと……。

 

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