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喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

喪女こそ自虐をやめてみようの話 その2

自虐やめるにはどうしたもんかね

自分の欲を飼いならす

私は良く「普通にしていろ」と母に言われました。私にとっての「普通の状態」が挨拶代わりに自虐を放り込むような状態だったので、母に言われるたびに「普通にしてるのになぁ」と思っていました。しかし母の言う「普通にしている」というのは、必要以上に自分のことを話さないことなんですよね。で、必要以上に自分のことを話さないためには、「自分を知ってほしい」「面白い人認定されたい」「相手に攻撃されるくらいなら先手を取ってやる」などなど、人と接するときに考える煩悩を飼いならす必要がある。結局は欲をコントロールする。我の強さを抑えるということではないでしょうか。ある意味、人の会話は思考停止で臨むくらいがいいのかもしれません。戦略的なものを考えるから墓穴を掘る。それなら無言の方がマシでない?

私の情報は価値がある

自分の情報を価値のあるものだと思うのも必要です。「自分には価値がある」ではなく「自分自身で出した自分の情報には、ちゃんと価値がつく」と考えるのはどうでしょうか。たとえそれが「喪女小太り~」の自虐だとしても、わざわざ言語化し伝えることで相手にとっては「つけこんで見下すチャンス」「共感して仲間にするチャンス」など結構有益に働くことがあるのは、もう経験済みですよね。それって価値あることだと思いませんか?そのちゃんと価値あるものをほいほいと出してしまって良いのでしょうか?自分からカードを切る必要ありますか?相手の出方を見たほうが良くないですか?「自分に価値がある」だと、そんなの自虐やっている時点で迷走してるっつの!信じられるか!という話になると思うのです。でも人との会話の場で「自分自身が出した自分の情報」は、良くも悪くもちゃんと価値がつく。そう考えるとおいそれと情報を安売りする自虐はしたくないと思いませんか?

自虐=謙虚ではない

少し褒められた時に全力で否定するだけでは飽き足らず、褒められた倍の自虐で返した経験はないでしょうか。私は山ほどありますよ。そしてその行動の心理は「勘違いヤローと思われたくない。謙虚な人だと思われたい」でした。ちなみにグーグル先生に聞いた謙虚はこちら。

けんきょ【謙虚】
《名・ダナ》自分を偉いものと思わず、すなおに他に学ぶ気持があること。 「―な人柄」

こんなのも出ましたよ。

けん‐きょ【謙虚】
[名・形動]控え目で、つつましいこと。へりくだって、すなおに相手の意見などを受け入れること。また、そのさま。「―な態度」「―に反省する」
[派生]けんきょさ[名]

自虐で倍返ししている時点で、全然謙虚じゃないんですよね。相手の意見素直に受け入れてないもの。完全否定だもの。褒められたら「ありがとう」と爽やかに笑顔で言いたいものです。しかし「偉そうに女優気取りかよ」という自意識が捨てられない場合は、「褒め上手ですね」と言って返す方法とかどうでしょうか。私も今度機会があったら言ってみたいものです。まぁここ数年褒められてないので使ってないですけど。

 ブログは大目に見てね

長々と乱文を書き連ねましたが、あくまでリアルの話です。何より向き合うのが怖い現実世界のお話ですよ。ネット世界、とりわけこのブログは虚構の産物ですから自虐もしますよ。あとこれを見るあなたは、自虐したからと言って人を見下すような心の腐った人間ではないと信じているからですよ。トイレをいつもキレイに使ってくれてありがとう理論ですよ。

 

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