喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

喪女こそ髪を巻いてみようの話 その3

ブスのミニスカートについて

news.livedoor.com

「マナー違反のボーダー」を全力で避けるには、ミニスカートははかないほうがいいです。もちろんブス・小太りの私もミニスカートははきません。元々スカートに限らず女の子らしいワンピース、パステルカラーやレースの洋服などに興味がないので、その辺は本当に良かったと最近まで思っていました。だって「自分の着たい服」と「自分の着るべき服」に乖離がない方がストレスなく過ごせそうじゃないですか。でも本当に良かったのでしょうか?「この服を着れるようになるまでダイエットする」という話はよく聞きますし、ブスでもミニスカートをはくために自分磨きする人だっているでしょう。「ブスのミニスカート」は悪の権化のように言われますが、そもそも「自分の着るべき服」とは何ぞ?葬式に喪服とか、学校に制服なんてことでなく、選択の自由がある日常生活で「自分の着るべき服」なんてものあるのでしょうか?「自分の着るべき服」なんて「とりあえず暗い色で体のラインが出ないものを選ぼう」「とりあえずスカートはダメだ」など、結局は勝手に自分が作り出したルールです。しかも客観視しているつもりかもしれませんが、それ本当にできてますかね?私の選んだパンツスタイルって本当にデブ隠せてますか?もちろん三十路ブスでミニスカートをはかないことなど、「マナー違反のボーダー」を全力で避けるのは大事。でも必要以上にこの自分ルールに固執しすぎると、逆に見た目で主張する面倒くさい人にみられるという新たな問題が浮上してくるのです。

ファッションで主義主張を語るとか自分してないっス。誤解っス。

例えば、かたくなに黒髪信仰する人やファンデーションを絶対に塗らない人、スカートをはかない人もいます。もちろん個人の勝手なので、ほっといてという話なんです。ジェンダー論に発展する繊細な問題を孕んでいる場合もあるし、別に本人は主張しているつもりはないこともある。でも周りから見たら、その人はどんな服装・髪型・化粧をするかという「見た目」に対しての主張が強い人なのだなという印象になりませんか?経緯や対象や目的は違えど、ダサい人批判する人と同じ、見た目重視の人間だと思われる可能性もあります。しかもダサい批判は、本質がどうであれ「ダサいは悪」ということに、ある程度それっぽい理由をつけられます。しかも対象が他人も含めた見た目重視なので、客観性を身につけ、共感も得られる。しかし自分ルールに則ってるだけのブス小太り喪女はどうでしょうか?「だって私は太ってるから」「だって私はブスだから」あくまで判断基準は自分のルールのみ。対象も自分だけの主観要素のみ。いくら「マナー違反のボーダー」を頑張って避けてても、それで「こだわりのダサさ」だったら、バカにされ見下される要素になるのではないでしょうか?

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 30代おひとりさまへ
にほんブログ村