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喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

喪女こそ仕事を頑張らないでみようの話 その2

友達もいない喪女が仕事ができなくても「まぁ、だろうね」って話

もう本当に恥の上塗りになりますが、私は仕事が出来ません。人が望んでいることを理解し、先回りして行動しなければいけない接客業はとても苦手。事務作業だとしても、それが直属の上司や営業などの「してほしい」事を理解し、自分で優先順位を判断しなければいけない事務作業となると苦手。自分から提案したりするのも苦手。アレもダメ、コレもダメ状態。このような理由から制作よりの仕事に就いたんですが、デザインやものづくりみたいな、一見クリエイティブで自己表現に溢れていそうな場こそ、顧客のニーズを最優先しなければいけないのだと思い知らされました。発注者とコミュニケーションを取って、説明されない希望すらも汲み取って、提案して形にする必要があります。そうです、最も向いていない仕事でした。他人の希望を理解し結果を出す。それが仕事なんですよね。お金をもらうということなんです。たとえその職種が向いていなくても、努力で補う必要もあると思うんですよ。というか、はじめから完全に向いている人なんか一握りで、大体が努力をしてどうにか踏ん張って、自分なりのやり方を模索している状態じゃないですか。はじめは向いてない人だとしても、努力して高みを目指す人は山ほどいますよね。でも私は出来ず、案の定嫌われ疎まれ、最終的に逃げるようにして職場を辞めました。若い人が多く理由さえあれば飲み会を開きたがり、寿退社でも転職でも辞める人には漏れなくプレゼント渡すようなフレンドリーな職場でしたが、私が辞める際は、ついぞ送別会もプレゼントもありませんでした。だから友達もいない喪女なんです。「まぁ、だろうね」って話です。仕事の出来なさは、イコール空気の読めなさ、相手が望むものを与えられない出来なさに繋がります。それは人間関係にもいえます。私は他人が望むものをよんで応えるのが苦手、他人が考えていることを理解するのが苦手。だから人間関係でも相手の希望、したいことを汲み取れない。そして自分から遊びを提案するのも苦手……もうね、やめちまえ!仕事も人間関係もやめちまえ!とね、声が聞こえます。

文字通りやめちまう

散々グチグチ言いましたが、どんなに苦手であってもお金を稼がないと生きていけません。何か人と違う突破口「働かなくても生きていける」的な発見があればいいのですが、そんなことは中々難しいのが現状です。そしてそんな突破口を見出せる人は、もっとちゃんとしていると思います。株なり結婚なり、いわゆる「普通の会社勤め」から逃れる方法を選択できる人は、とっくにやっているでしょう。「やりたいことを仕事にしたい」「フリーになりたい」という人も言わずもがな。それに向かって努力すれば良い話。ここでは、結局社会の枠から大きく外れることもできず、どうにか騙し騙し真面目な社会人のフリをして、少しでも長く会社から賃金を頂くためにどうすれば良いのかという話です。そしてそれは「やめちまう」のが一番です。何を?頑張る仕事を。頑張る人間関係を。まず頑張らなくて良い職場を頑張って探しましょう。何この矛盾。もちろん頑張らなくて良い職場などありません。でも自分の中で「これなら多少頑張るの耐えられる」という部分を見つけて、というか消去法で割り出して、それに近い職場を探すのです。もうね、最低なこと書きます。「やりがい?何それおいしいの?」「安定?何それおいしいの?」「昇給?何それ~」「キャリア?何それ~」状態の職場でも我慢するしかないんですよね。頑張ることを半ば放棄した能力のないグータラ三十路を雇ってくれる職場ですよ。このどれかに当てはまることが多いと思います。でも悲観しない。この職場で、自分なりに頑張って長く勤めてお給料を出来るだけ貰えば良いのです。手取り15万を2年と手取り30万を1年なら同額なのです。もし安定に欠ける職場でクビを切られても「会社都合」になりますから。雇用保険も早く出るし、再就職の印象も多少良いはず。仕事においてお給料を最重要視するなら何も言いません。しかし、もし頑張ることの半ば放棄を選択するなら、例え手取りが低くても「自分から辞めることがないストレスの少ない職場」の方が良いはずです。頑張ることを放棄して、やりがいを見出せない仕事なら、とにかく「真面目に長く働けること」を重要視すべきではないでしょうか?