喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

喪女こそしまむらを避けてユニクロで服を買ってみようの話 その2

f:id:henrirousseau:20150920213308j:plain

目指すのは没個性

すごく嫌なことを言うと、私自身は見た目の個性なんかいらないと思っています。少し前までは個性的な服とか小物に惹かれたんです。しかし今はシンプル、無個性、大量生産万歳だと思っています。顔がブスだし、体型もチンチクリンなので、嫌でも個性出るのですよ。もちろん悪い方向で。

個性がなければネタにもならない透明人間を目指す

「何かしらネタにされバカにされるのなら、もう透明人間になりたい」と私はよく考えていました。今でもたまに考えます。見た目の個性で何かしらネタになるのは嫌だなと思っています。「俯瞰するオレ」「人間観察が趣味の私」の人たちに、我が身をもって楽しさと自己顕示欲を満たすサムシングを供給してやるなんてまっぴらです。そうならないためにも、ある種透明人間のような「見た目に特徴のない人」になるのは、最高の防御ではないでしょうか。

濃い味付けで誤魔化す

アラサーちゃん」の中で、ヤリマンちゃんというキャラクターが「素材の悪さを個性的な格好で誤魔化している」と言う描写があります。私もすごく共感したのですが、ふと我に返ると、それも一部の人だけだと気付きました。割かし派手目のキャラ、顔立ちの人じゃないと、やっぱり「無理やり感」出ます。化粧も服装も、ガッツリやるからにはセンスと技術も必要ですよ。それが好きな人なら良いと思います。でも日常生活で毎日やるのはしんどい私のような人間には、無理な話なわけで……。いや、言い訳ですね。実際は「あっち側」になる度胸がないだけです。派手な見た目になったからには、それ相応のキャラにならなければいけないと思っているのです。偏見の塊です。そしてその度胸がない。それなら社会的信用のありそうな地味な見た目で、最大限の旨味を味わいたい。

「女性らしさ」という恐怖

言うたらスカートもはきたくないです。でも今の職場は、割と女性はフェミニンな格好の人が多いので、浮きたくなくて、たまにはきます。社会に出て驚いたのが、女性らしい格好をしないだけで、何かしらの主張があると勘違いされることです。例えば就活のときに「あえて」パンツスーツ、就職してからもオフィスカジュアルなのに「かたくなに」パンツスタイル、など。こちらとしては消去法でこの服装なのですが、それが何かの主張だと思われてしまう。私は何も持っていないのでスネ毛処理してスカートはきます。化粧もします。

消極的に選ぶ

さっきから言い訳ばかりですね。もうね、見た目に関しては究極の消極で良いと思います。昨今はシンプルスタイル、ノームコアみたいなオシャレな言い回しも出てきてますが、結局私なんぞは「積極的に選ぶ」ことを放棄したいのです。何かを選んだ先でバカにされたり、ネタにされたりするのは、もう辛いのです。