喪風に吹かれて

もてない女が生きやすくなるために薄ぼんやり模索するブログ

パーソナルデザインと占いの親和性

今日は、占いに行ってきました。タロット占いです。恋愛運や仕事運など見てもらったのですが、なんだか半分以上が説教になってしまって、あんまり満足はできませんでした。「今のアドバイスって、カードじゃなくて経験談なんですか?」「カードはどう出ているんですか?」と何度か聞いていたせいか、途中から占い師さんもキレ気味で、「あーー、もう仕事も恋愛も、さっさとやめれば?」と、とても投げやりになっていました。相手も相手ですが、自分も少し大人気なかったと反省しています。

ふと思ったパーソナルデザインと似たところ

パーソナルデザインは、やもすると占いと混合されがちな場合もありますね。あくまで「外見上の分類」をしただけのはずなのに性格まで決め付けられたり、そうかと思ったら、「性格がこうだから~」という理由で分類されたり。もちろん私はアナリストではないので、そのへんの分類基準に関しては、なんともいえないです。ただ、過去に分類された人間としては、「まるで占いみたい」と思ったことが何度かありました。といってもそれは「分類する」という行為に類似性を見出しているわけではくて、アナリストと占い師の性格が似ていると思ったからなんです。

説教多し

今回の占い師さんもそうですが、本当、説教する人多いです。あれは何故なのでしょうか? 一時期、私は自分が説教される人間だからいけないのだと思い悩んでいましたが、最近になってそうではないと開き直りました。たぶん、ほとんどが時間稼ぎではないかと思っています。たとえばタロットなら、タロットのカード説明だけで時間をつぶすなんて、無理でしょう。単純にカードの意味を言うだけなら、記憶力さえあればできますが、そうではなく、相談内容に絡めて引いたカードの内容を理論立てて説明するなんて、できないんだと思います。だから曖昧な一般論や、どちらとも取れる結果だけ言って、あとは途中途中で説教をはさんで誤魔化しているのだろうな、と。もちろん、そうじゃない占い師さんのほうが多いとは思いますけどね。これを読んで怒る人は、そういう一面を持っている人でしょう。そして、パーソナルデザインのアナリストもほぼ同じなのではないでしょうか。それぞれの種類の説明や「あるある話」で時間稼ぎして、その診断者に絡めた説明はほとんどできない。もちろん、そんな人は稀だとは思いますけどね…。